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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)215号 判決

原告

株式会社フジモト・ダイアグノスティックス

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁護士

北本修二

山本忠雄

池田崇志

安部朋美

被告

日本臓器製薬株式会社

代表者代表取締役

【B】

訴訟代理人弁護士

品川澄雄

吉利靖雄

同弁理士

【C】

【D】

主文

特許庁が平成8年審判第10996号事件について平成9年6月18日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  請求

主文と同旨の判決

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「新規生理活性物質、その製造方法及び鎮痛、鎮静、抗アレルギー作用を有する医薬」とする特許第1490163号発明(昭和52年2月17日出願、平成元年4月7日設定登録。以下「本件特許」といい、その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。

原告は、平成8年7月5日、本件特許を無効とすることについて審判を請求した。

特許庁は、この請求を同年審判第10996号事件として審理した結果、平成9年6月18日、本件審判の請求は成り立たない旨の審決をし、その謄本は、同年7月31日原告に送達された。

2  本件発明の要旨

1 本件特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下「本件第1発明」という。)の要旨

次の物理化学的性質:

〈1〉性状:かっ色無定形の吸湿性粉末

〈2〉溶解性:水、メタノール、エタノールに可溶

〈3〉紫外部吸収:UVmax255-275nm

〈4〉ニンヒドリン反応:陽性

〈5〉本発明物質2mgをとり、過塩素酸1mlを加え、液が無色となるまで加熱し、希硫酸3ml、塩酸アミドール0.4gおよび亜硫酸水素ナトリウム8gに水100mlを加えて溶かした液2ml、モリブデン酸アンモニウム1gに水30mlを加えて溶かした液2mlを加え放置するとき、液は青色を呈し、

〈6〉本発明物質5mgをとり、水を加えて溶かし10mlとし、この液1mlに、オルシン0.2gおよび硫酸第二鉄アンモニウム0.135gにエタノール5mlを加えて溶かしこの液を塩酸83mlに加え、水を加えて100mlとした液3mlを加えて沸騰水浴中で加熱するとき、液は緑色を呈し、

〈7〉本発明物質の水溶液は硝酸銀試薬で沈澱を生じ、そして

〈8〉本発明物質に対する各種蛋白検出反応は陰性である、を有する新規生理活性物質。

2 本件特許請求の範囲第2項に記載された発明(以下「本件第2発明」という。)の要旨

次の物理化学的性質:

(上記1に記載の物理化学的性質〈1〉~〈8〉と同一の記載)を有する物質を有効成分とする鎮痛剤。

3  本件特許請求の範囲第3項に記載された発明(以下「本件第3発明」という。)の要旨

次の物理化学的性質:

(上記1に記載の物理化学的性質〈1〉~〈8〉と同一の記載)を有する物質を有効成分とする鎮静剤。

4  本件特許請求の範囲第4項に記載された発明(以下「本件第4発明」という。)の要旨

次の物理化学的性質:

(上記1に記載の物理化学的性質〈1〉~〈8〉と同一の記載)を有する物質を有効成分とする抗アレルギー剤。

5  本件特許請求の範囲第5項に記載された発明(以下「本件第5発明」という。)の要旨

ワクシニアウイルスを接種し、発痘させた動物組織(ひとを除く)、培養細胞、若しくは培養組織を磨砕し、これにフェノール加グリセリン水を加えて抽出し、前記抽出液体を等電点付近のpHに調整し、次いでこれを加熱ろ過して除蛋白を行ない、除蛋白したろ液を弱アルカリ性条件下で加熱した後ろ過し、前記ろ液を酸性条件下で吸着剤と接触せしめ、そして水又は有機溶媒を用いて前記吸着剤から有効成分を溶出する工程からなることを特徴とする、次の物理化学的性質:

(上記1に記載の物理化学的性質〈1〉~〈8〉と同一の記載)を有する新規生理活性物質の製造方法。

3 審決の理由

審決の理由は、別紙1審決書の理由写し(以下「審決書」という。)に記載のとおりであり、審決は、請求人(原告)主張の無効理由1(本訴甲第3ないし第7号証に基づく進歩性欠如の主張)及び無効理由2(産業上利用することができる発明とは言えず、特許法29条1項柱書に規定する要件を満たさない旨の主張)は、いずれも理由がなく、本件特許を無効とすることはできないと判断した。

第3  審決の取消事由

1  審決の認否

1 審決の理由Ⅰ(手続きの経緯・本件発明の要旨。審決書2頁3行ないし5頁3行)は認める。

2  同Ⅱ(当事者の主張及び証拠方法。審決書5頁5行ないし6頁17行)は認める。

3  同Ⅲ(当審(審決)の判断)のうち、無効理由1についての判断(審決書6頁末行ないし14頁4行)について

〈1〉  甲第3ないし第7号証(審決時甲第1ないし第5号証。以下、本訴における書証番号で表示する。)に記載の発明(審決書7頁1行ないし9頁12行)は認める。

〈2〉  本件第1発明について(審決書9頁14行ないし11頁19行)のうち、9頁14行から10頁末行「主張する。」までは認め、その余は争う。

〈3〉  本件第2ないし第5発明について(審決書12頁1行ないし13頁末行)のうち、12頁9行から19行「であるとされ、」まで、及び12頁末行「また、」から13頁5行「る。」までは認め、その余は争う。

〈4〉  まとめ(審決書14頁1行ないし4行)は争う。

4  同Ⅲ(当審(審決)の判断)のうち、無効理由2についての判断(審決書14頁6行ないし15頁19行)は認める。

5  同Ⅳ(結び。審決書16頁1行ないし3行)は争う。

2 取消事由

審決は、無効事由1(進歩性の欠如)の点についての認定、判断を誤ったものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。

1 取消事由1(甲第3号証に基づく本件第1発明の新規性、進歩性の欠如)

審決は、本件第1発明は、甲第3号証に記載された調製方法と同一の調製方法で得られたものであるとは言えないし、理化学的性質が同一の物質であるとも言えないから、本件第1発明が公知物質の理化学的性質のいくつかを単に測定したものにすぎないとする請求人の主張は採用することができない旨(審決書11頁13行ないし19行)判断するが、誤りである。

〈1〉  調製方法の相違の点

審決は、本件発明における生理活性物質の調製方法と甲第3号証(【E】ら「ワクシニアウイルスで感染した家兎皮膚組織中の生物活性物質の研究 特に胃酸分泌抑制物質の分離とその性質」薬学雑誌96巻10号1247頁)に記載の抽出物Ⅱ(以下「抽出物Ⅱ」という。)の調製方法

との相違点について、甲第3号証の抽出物Ⅱの調製方法は、本件発明の調製方法と異なり、抽出材料にグリセリンを含まない単なるフェノール水中に2日間放置した後ホモジナイズするものであるが、「2日間放置」によっても原料組織が変更しないし、「グリセリン」の有無により溶媒抽出特性が変わらないとする根拠は示されておらず、また、これが当該分野の技術常識であるとは言えないから、前記製法上の相違が、同一物質が得られる程度の微差であるとは直ちには認めることができない旨(審決書10頁末行ないし11頁6行)認定するが、誤りである。

a ワクシニアウイルス接種動物組織又は培養組織に含まれるノイロトロピンと称される生理活性物質は、水可溶性で水系媒体で抽出される。

フェノールは、蛋白質、酵素、核酸等を変性しそれにより細菌、ウイルスを殺すことが一般に認識されており、水に2%程度含有させても(甲第3号証1248頁本文末行)溶媒抽出特性が変わることはない。

グリセリンは、細胞膜を膨潤させることが知られており、抽出を容易ならしめるためのものである。

本件特許においては、グリセリンと水との混合割合は全く特定されていない。このことは、本件発明における抽出目的との関連で、グリセリン等が副次的なものであり、抽出媒体は水であることを物語るものである。

b また、本件発明の生理活性物質は、抽出後に、酸、アルカリ条件下で加熱して除蛋白を行っていることからして、過酷条件下の処理に耐え得る安定物質である。

したがって、フェノール水中2日間放置が行われても、それにより原料組成が変わることは考えられず、2日間放置は抽出効率を高めるためのものにすぎない(以上、甲第11号証(【F】教授意見書)参照)。

c 被告は、収量の多寡を問題にするが、甲第3号証と本件発明の実施例との収量は具体的条件によって変動するものであり、その点の差は物の同一性を左右するものではない。

〈2〉  オルシノール反応の点

審決は、甲第3号証には抽出物Ⅱの分画についてオルシノール反応が陰性であると記載され、本件第1発明で特定する理化学的性質〈6〉において相違し、第1発明とは別異の物質であることが示されている旨(審決書11頁8行ないし12行)認定するが、誤りである。

a 甲第3号証において、オルシノール反応が陰性とされているのは、抽出物Ⅱではなく、これからカラムクロマトグラフィーを行い、更にその後ゲルろ過分画したうちのFr.dの性質である。

すなわち、抽出物Ⅱは、まずDowex50Wカラムクロマトグラフィーにより分画されたtube No.26-35を分画A、tube No.36-42を分画B、tube No.44-60を分画C、tube No.126-156を分画Dとして、それぞれに分画されている。そして、これら分画を更にゲルろ過を用いて分画して、それぞれの分画の主成分をFr.a~dとして得ているものである(甲第3号証1252頁。別紙2は、甲第3号証の抽出物Ⅱに関する組成物の分画方法及び得られるFr.a~dの各分画の物理化学的性質の記載をまとめたものである。)。したがって、Fr.a~dは抽出物Ⅱの全分画には相当しないし、分画AないしDをすべて合わせても抽出物Ⅱに相当しないものである。甲第3号証でオルシノール反応陰性が確認されたのは、分画Dの主成分であるFr.dについてのみであり、これのみから抽出物Ⅱ自体がオルシノール反応陰性であると認めることはできない。

b 被告は、乙第2号証(【G】助教授陳述書)に基づき、抽出物Ⅱの全分画(Fr.a~d)の定性分析結果をみても、リン酸は存在せず(Dittmer反応、Fiske-Subbarow反応共に陰性)、ペントースも検出されなかったから(オルシノール〔Orcinol〕反応陰性)、仮に抽出物Ⅱについて物理化学的性質の試験を実施したとしても、本件発明の物理化学的性質の要件〈5〉(モリブデンブルー反応)と〈6〉(オルシノール反応)が陰性となる旨主張する。

しかしながら、Fr.a~dが抽出物Ⅱの全分画に相当しないことは、前記のとおりであり、Fr.a~dにリン酸及びペントース検出の記載がないからといって、抽出物Ⅱ自体にリン酸及びペントースが存在しないことにはならない。

かえって、甲第3号証をみると、ウラシル(Fr.a)やキサンチン(Fr.c)などの核酸塩基の存在が認められているので(1252頁本文下から4行、3行)、抽出物Ⅱ自体には、核酸又はその構成物質が存在しているはずである。そもそも抽出物Ⅱは家兎の皮膚からの抽出物であり、生体成分である核酸又はその構成物質(核酸塩基、リン酸、ペントース)が含まれるのは当然である。

さらに、甲第3号証では、抽出物Ⅱの分画AないしDへの分画は、紫外線吸収波長260nmの吸光度により分画A、C、Dを得、ニンヒドリン発色による紫外線吸収波長570nmの吸光度により分画Bを得ているが(1252頁本文下から9行ないし7行)、リン酸及びペントースは、260nm及び570nmの紫外線波長では検出することができず(甲第19、第20号証)、ニンヒドリン反応も示さないから、リン酸及びペントースは、分画AないしD以外の分画、すなわち、別紙2のtube No.1-25、tube No.43、又はtube No.126-156のいずれかの分画に溶出されたとすることが化学的に妥当である。

〈3〉  実験報告書の信用性の点

審決は、甲第9号証の記載は、前記のように甲第3号証に記載の「オルシノール反応陰性」、つまり要件〈6〉の点で整合していないし、甲第9号証に記載の内容がより適切であるとする根拠が認められないから、甲第9号証に基づく請求人の主張は採用することができない旨(審決書13頁5行ないし10行)認定するが、誤りである。

a 甲第9号証(【H】ら平成8年2月8日付け実験報告書)は、甲第3号証の抽出物Ⅱの製法と同じ製法で得られた抽出物につき、本件第1発明の8項目の物理化学的性質を試験した結果、同発明の8項目の性質に一致した結果が得られたことを示している。

b 甲第12号証(【I】教授平成9年10月22日付け実験報告書)は、甲第3号証の抽出物Ⅱの製法と同じ製法で得られた抽出物につき、同様に、本件第1発明の8項目の物理化学的性質を試験した結果、同発明の8項目の性質に一致した結果が得られたことを示している。この結果は、甲第9号証の実験結果が正しいことを裏付けるものである。

c 被告は、甲第9号証及び甲第12号証には、実験の対象となった物の調製方法が十分示されていない旨主張するが、甲第9号証の調製工程には甲第3号証に記載されている調製の各工程の条件はすべて網羅され、各工程の条件はすべて同一であるから、甲第3号証に示されていない事項が記載されていないからといって、甲第9号証等が信用性がないとすることはできない。

さらに、被告は、甲第9号証等で使用された検体の信用性を問題にするが、それらにおいて使用された検体は、甲第3号証の方法に全面的に準拠して製造されたものであり、何ら問題はない。

d 被告は、甲第3号証には、抽出物Ⅱはモルモット摘出腸管のヒスタミン等による収縮反応及び牛血清γ-グロブリン感作腸管のin vitroにおけるアナフイラキシーショックに対していずれも10μl/ml、100μl/mlの用量で何ら抑制作用を示さなかった旨記載されているから、甲第3号証には、抽出物Ⅱが抗アレルギー作用を示さないことが示唆されている旨主張する。

しかしながら、ここで検討されている試験は、多数知られている種々のアレルギー反応のうちごく一部についてのものであって、このことから、抽出物Ⅱが抗アレルギー作用を有しないとはいえない。

さらに、甲第3号証に「Takinoらはワクシニアウイルスで感染した家兎の皮膚組織から調製した抽出物がアレルギー性疾患に有効で、自律神経の異常な興奮に対して鎮静作用を示すことを報告している」(1247頁本文下から4行、3行)と記載されているとおり、ワクシニアウイルス発痘家兎皮膚組織抽出物が抗アレルギー作用、鎮静作用、鎮痛作用を有することは既に知られていたことであり、甲第3号証は、それ以外の薬理学的作用について検討したものである。

よって、被告の上記主張は失当である。

2 取消事由2(甲第3号証に基づく本件第2ないし第4発明の新規性、進歩性の欠如)

審決は、本件第1発明の生理活性物質が当業者にとって容易に発明をすることができないのであるから、本件第2ないし第4発明も当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない旨(審決書12頁4行ないし8行)判断するが、誤りである。

前記1に記載のとおり、甲第3号証の抽出物Ⅱと本件第1発明の生理活性物質とは同じものである。

そして、ワクシニアウイルスを接種し発症させた動物組織から得られる有効成分には抗アレルギー作用、鎮痛作用、鎮静作用があることは古くから知られており(甲第10号証等)、本件第2ないし第4発明は、抽出物Ⅱにつき単にその効果を確認したにすぎない。

3 取消事由3(甲第4ないし第7号証に基づく本件第2ないし第4発明の新規性、進歩性の欠如)

審決は、甲第4ないし第7号証に記載のノイロトロピンは、本件発明の理化学的性質〈1〉〈2〉の点で相違しているとして、甲第4ないし第7号証から本件第2ないし第4発明の新規性、進歩性を否定することはできない旨(審決書12頁9行ないし20行)判断するが、誤りである。

〈1〉  抗アレルギー作用、鎮静作用、鎮痛作用を有するワクシニアウイルス接種家兎発痘皮膚組織抽出物である「ノイロトロピン」の発明は、昭和24年に特許出願され、昭和26年に設定登録されている(甲第10号証)。被告は、「ノイロトロピン特号3cc」なる医薬品を昭和51年11月1日から製造販売していたが、平成4年5月11日付け厚生大臣の一部変更承認によってその有効成分を本件第1発明の物の「ノイロトロピン特号3cc」に変更したとしている(甲第21ないし第23号証参照)。

昭和51年11月から製造販売していた旧ノイロトロピンに鎮痛作用、鎮静作用、抗アレルギー作用があることは、本件特許出願以前から周知の事実である。

したがって、上記旧ノイロトロピンと薬事行政上医薬品として同一品目と判断される範囲内の差異しか有せず、上記旧ノイロトロピンと本質的には同一である本件第1発明の生理活性物質を、上記旧ノイロトロピンと同じ用途に用いることに、何ら新規性、進歩性はない。

〈2〉  なお、被告は、甲第21ないし第23号証は審判手続において争われ、かつ審理判断された無効理由に関するものではないので、本訴において提出することができない旨主張するが、甲第21ないし第23号証は、甲第4ないし第7号証の本件第2ないし第4発明に対する引用文献としての位置づけを明確にするものであり、本件特許出願時のワクシニアウイルス接種家兎発痘皮膚組織抽出物の分野の技術水準を明らかにするものであるから、被告の上記主張は失当である。

4 取消事由4(甲第3ないし第7号証に基づく本件第5発明の新規性、進歩性の欠如)

審決は、甲第3ないし第7号証をみても、本件第5発明は当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない旨(審決書13頁11行ないし20行)判断するが、誤りである。

前記1に記載のとおり、本件第5発明の製造方法は、甲第3号証に記載の抽出物Ⅱの製造方法に、グリセリン添加の操作を加えただけのものであって、甲第3号証に実質的に記載されているものである。

第4  審決の取消事由に対する認否及び反論

1  認否

審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

1 取消事由1(甲第3号証に基づく本件第1発明の新規性、進歩性の欠如)について

〈1〉  調製方法の相違の点

a 甲第3号証に記載されているように、ワクシニアウイルスを接種し発痘させた動物組織中には種々の生物活性物質が存在するから、該発痘組織に対する抽出方法の相違によつて、得られる抽出物の物理化学的性質は顕著に相違する。

本件発明では、発痘組織を変性することなく、フェノール加グリセリン水で抽出しており、グリセリンが加わることにより発痘組織からグリセリン可溶の成分も抽出されてくる。

これに対し、抽出物Ⅱでは、2%フェノール水で2日間発痘組織を変性しながら抽出を行っている。

したがって、本件発明と抽出物Ⅱとでは、出発粗抽出物が異なるのであるから、両者の最終抽出物の成分の内容及びそれら成分の含有量は異なるものとなる。

b 原告は、発痘組織に含まれるノイロトロピンと称せられる生理活性物質はいずれも水可溶性である旨主張しているが、発痘組織中にノイロトロピンなる物質がそのまま独立して存在しているわけではなく、特定の抽出法でのみ製造し得るものである。したがって、ノイロトロピンが水可溶性であるからといって、発痘組織を水系媒体で抽出すれば、該組織に含まれるノイロトロピンが得られるというのは誤りである。

原告は、フェノールは蛋白質、酵素、核酸等を変性しそれにより細菌、ウイルスを殺すことが一般に理解されており、当業者の一般常識であり、2%程度の添加で、水に対比し抽出特性が変わることはない旨主張するが、これは証拠による裏付けのない主張にすぎない。かえって、原告が主張するように、フェノールが蛋白質、酵素、核酸等を変性することが当業技術者の一般常識であるならば、フェノール水中に2日間も放置すれば原料組織が変更するものと見るのが当業者の常識というべきである。

原告は、グリセリンは細胞膜を膨潤させることが知られており、それにより細胞からの生理活性物質の抽出を容易ならしめるものである旨主張するが、グリセリンが細胞膜を膨潤させそれにより細胞からの生理活性物質の抽出を容易ならしめるものであるならば、逆に当業者はグリセリンの有無により溶媒抽出特性が変わり、抽出物が変わるものと理解するものである。

また、原告は、本件特許においてフェノールも、グリセリンも混合割合が特定されていないことは、抽出目的に対し、それらが副次的なものであり、抽出媒体は水であることを物語る旨主張するが、フェノール及びグリセリンの混合割合は、本件発明の目的を達成する限りにおいて任意なものと理解すべきである。

さらに、原告は、本件発明の生理活性物質は、抽出後に酸、アルカリ条件下で加熱して除蛋白を行っていることからして、過酷条件下の処理に耐え得る安定物質であるから、フェノール水中2日間放置が行われてもそれにより原料組成が変わることは考えられない旨主張するが、種々雑多な組織成分が混入している細砕物状態での2日間放置と、遠心分離して不純物を除去した後に上清みを酸ないしアルカリ条件下で加熱処理する、という異なる工程での処理を比較して論ずるのは暴論である。

c 両者の最終抽出物に含まれる乾固物の収量は、発痘組織1kg当たり、本件発明では1.5~2gであるのに対して、抽出物Ⅱでは4gであり(甲第3号証1249頁下から5行、Fig.1右欄。0.12×200÷6)、本件発明の2倍もの収量を得ている。このことは、両者の最終抽出物の成分の内容及びそれら成分の含有量が異なることを示すものである。

d 甲第11号証(【F】教授の意見書)は、平成9年10月当時における一大学教授の知見を述べたものにすぎず、20年以上も前の本件特許出願当時の技術常識を示すものではない。

〈2〉  オルシノール反応の点

a 甲第3号証においては、抽出物Ⅱの全分画の定性分析を行っており、分画Fr.dがオルシノール反応陰性であることが記載されている。すなわち、甲第3号証のTable Ⅵの脚注c)において「The main peak of each sample on Sephadex G-10 column was used for all analyses. 」との説明があり(1253頁)、各分画についてすべての分析を行った旨説明されている。この中には、オルシノール反応も含まれているから、オルシノール反応が陽性の分画があれば、その旨記載されているはずであるが、Table Ⅵにはオルシノール反応が陽性であることを示す記載はない。

b 甲第3号証の発表者の一人である【G】助教授は、その陳述書(乙第2号証)において、「さらに「抽出物Ⅱ」の全分画(Fr.a~d)の定性分析結果をみても、リン酸は存在せず(Dittmer反応、Fiske-Subbarow反応共に陰性)、ペントースも検出されなかったから(オルシノール〔Orcinol〕反応陰性)、仮に「抽出物Ⅱ」について前記特許請求の範囲第1項に記載された物理化学的性質の試験を実施したとしても、その第5項目(モリブデンブルー反応)と第6項目(オルシノール反応)が陰性となり、特許の「新規生理活性物質」の要件を具えていないこととなる。」旨述べており、前記審決の判断が正当なものであることを裏付けている。

c 原告は、甲第3号証をみると、ウラシル(Fr.a)やキサンチン(Fr.c)などの核酸塩基の存在が認められているので、抽出物Ⅱ自体には核酸又はその構成物質が存在しているはずであり、そもそも抽出物Ⅱは家兎の皮膚からの抽出物であり、生体成分である核酸又はその構成物質(核酸塩基、リン酸、ペントース)が含まれるのは当然である旨主張する。しかしながら、核酸塩基の塩基部分が複雑な抽出工程で抽出されているからといってリン酸やペントースの構成成分も抽出されてくるとは断言できるものではない。

d さらに、原告は、リン酸及びペントースは、260nm及び570nmの紫外線波長では検出することができず、ニンヒドリン反応も示さないから、リン酸及びペントースは、分画AないしD以外の別表のtube No.1-25等のいずれかの分画に溶出されたとすることが化学的に妥当である旨主張する。しかしながら、リン酸及びペントースは260nm及び570nmの紫外線波長では全く吸収を示さないとしても、それらがtubeNo.1-25等のいずれかの分画に溶出されたとすることはできない。

〈3〉  実験報告書の信用性の点

a 前記のとおり、抽出物Ⅱはオルシノール反応陰性であると見られるものであるところ、甲第9号証の実験ではオルシノール反応陽性であり、両者の結果は整合していないが、甲第9号証の記載の内容がより適切であるとする根拠はない。むしろ、原告の関連会社の社員による追試実験よりは、当分野では権威ある薬学雑誌(甲第3号証)の記載及び実際に抽出物Ⅱの分析等を行った甲第3号証の発表者である【G】助教授の陳述(乙第2号証)のほうが正しいと見るべきである。

さらに、甲第9号証の実験は、該追試実験の同定に必要な実験条件(遠心分離の条件、各段階において何を用いてpHを調整したか、各段階におけるろ過条件、攪拌時間、最終抽出物中の乾固物の量等)が示されていない。また、甲第3号証では、抽出物Ⅱを分析し、抽出物Ⅱの同定資料(1252頁Fig.5のカラムクロマトグラフィー及び1253頁TableⅥ及びⅦの分析資料)を示しているのに、甲第9号証の追試実験では、該実験により得られた抽出物について抽出物Ⅱと同一のものであることの確認を行つていない。

b 甲第12号証の実験についても、【I】教授は、自分自身でワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚から抽出物を調製する実験を行うことなく、検体(ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出物)は、単に原告より提供されたものを使用している。

また、甲第12号証の実験では、上記甲第9号証の追試実験と同様に、該追試試験の同定に必要な実験条件が示されていない。

さらに、【I】教授は、原告から提供された検体(抽出物)について、抽出物Ⅱと同一のものであることの確認を行つていない。

c 甲第3号証には、抽出物Ⅱが鎮痛、鎮静、抗アレルギーを示すことについて記載されていない。

かえって、甲第3号証には、抗アレルギー作用を示さないことが示唆されている。すなわち、甲第3号証には、抽出物Ⅱは、モルモット摘出腸管のヒスタミン、アセチルコリン、セロトニン及びブラジキニンによる収縮反応並びに牛血清γ-グロブリン感作腸管のin vitroにおけるアナフイラキシーショックに対していずれも10μl/ml、100μl/mlの用量で何ら抑制作用を示さなかった旨記載されている(1250頁下から18行ないし15行)。乙第4号証は、アレルギー反応あるいはアナフィラキシー反応に対する抑制効果判定法の1つとして、摘出腸管のヒスタミン及び感作腸管の収縮に対する作用を挙げている(161頁16行、17行)。したがって、甲第3号証は、抽出物Ⅱが抗アレルギー作用の指標である「モルモット摘出腸管の収縮反応」と「アナフィラキシーショック抑制作用」を示さないことを記載しているから、抽出物Ⅱが抗アレルギー作用を示す本件第1発明の生理活性物質と異なる物質であることは明らかである。

2 取消事由2(甲第3号証に基づく本件第2ないし第4発明の新規性、進歩性の欠如)について

前記1に記載のとおり、本件第1発明の生理活性物質は、甲第3号証の抽出物Ⅱとは異なるものであるから、審決の本件第2ないし第4発明が進歩性に欠けるものではない旨の判断に誤りはない。

3  取消事由3(甲第4ないし第7号証に基づく本件第2ないし第4発明の新規性、進歩性の欠如)について

〈1〉  原告は、甲第21ないし第23号証に基づく主張をするが、この主張は、審判手続において争われ、かつ、審理判断された無効理由に関するものではないので、審決取消訴訟である本訴における審理範囲外のものである。

〈2〉a  昭和51年11月1日から製造販売していた旧ノイロトロピンと、本件第1発明の新規生理活性物質とは、前者が、白色無定形型の粉末であって、アルコール、アセトン若しくはエーテルに不溶で、水に可溶、いかなる蛋白質反応及びニンヒドリン反応にも陰性、アセトンやアルコールと混合すると沈澱するもの(甲第22号証2頁19行ないし3頁1行)であるのに対して、後者は、褐色無定型の吸湿性粉末であって、水、メタノール及びエタノールに可溶、ニンヒドリン反応に陽性、アセトンを加えても沈澱しないもの(甲第22号証4頁12行ないし21行)であり、両者は明白に相違するものである。

b  甲第10号証及び乙第1号証では、発痘組織の磨砕物に生理食塩水又はフェノール加グリセリン水を加え、これを凍結し、ついで凍結物を融解するという凍結-融解工程を数回繰り返すことにより上清液(粗抽出物)を得ている。そして、甲第10号証には、凍結-融解工程を数回繰り返すと細胞が融解して乳剤内に含有するヴイルス及び有効成分の抽出が容易になり自然多量の有効成分が得られる旨記載されている(1頁右欄下から7行ないし5行)。この凍結-融解工程を含む甲第10号証及び乙第1号証の粗抽出物の抽出方法は、本件発明の粗抽出物の抽出方法と顕著に相違している。

したがって、両者の粗抽出物は顕著に相違しているものである。

4  取消事由4(甲第3ないし第7号証に基づく本件第5発明の新規性、進歩性の欠如)について

前記1に記載のとおり、甲第3号証の抽出物Ⅱの製造方法と本件第5発明の製造方法は異なるものである。

理由

1  本件第1発明の新規性、進歩性について

1 引用例の記載事項の認定等

本件発明の要旨の認定(審決書2頁7行ないし5頁3行)、及び甲第3号証の記載事項の認定(審決書7頁1行ないし8頁2行)は当事者間に争いがない。

2  相違点の認定

本件発明における生理活性物質(本件第1発明)の調製方法(本件第5発明)と甲第3号証に記載の抽出物Ⅱの調製方法とを比較すると、本件発明では、抽出材料にフェノール加グリセリン水を加え、次いでホモゲナイザーで磨砕するのに対して、甲第3号証に記載の方法では、抽出材料にグリセリンを含まない単なるフェノール水中に2日間放置した後ホモジナイズするものである点で相違すること(審決書10頁8行ないし15行)は、当事者間に争いがない。

3  物としての同一性の有無

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第9号証(【H】ほか平成8年2月8日付け実験報告書、審決時甲第7号証)及び甲第12号証(【I】教授平成9年10月22日付け実験報告書)並びに弁論の全趣旨によれば、甲第3号証に記載の抽出物Ⅱの抽出条件に従って調製されたワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出物につき、物理化学的性質を試験したところ、本件特許請求の範囲第1項〈1〉ないし〈8〉記載の性質(数値ないし反応)とすべて一致したことが認められる。すなわち、甲第9号証及び甲第12号証の実験において、上記のように調製された抽出物の物理化学的性質を試験した結果は、両者とも次のとおりであったことが認められ、その信用性を疑わせるに足りる証拠はない。

〈1〉  性状: 褐色の吸湿性粉末

〈2〉  溶解性: 水1ml、メタノール1ml、エタノール5mlに可溶

〈3〉  紫外線部吸収: 271.3nm(甲第9号証)、274.5nm(甲第12号証)に吸収極大(なお、本件発明では、255-275nm)

〈4〉  ニンヒドリン反応: 陽性

〈5〉  モリブデンブルー法: 青色に呈色

〈6〉  オルシノール反応: 緑色に呈色

〈7〉  硝酸銀法: 沈殿を生じた。

〈8〉  たん白検出反応: 陰性

(イリクロロ酢酸法)

この事実によれば、抽出物Ⅱと本件第1発明の生理活性物質とは同一の物と認められる。

4  被告の主張等に対する判断

〈1〉  甲第9、第12号証の実験の信用性について

a  被告は、甲第9号証の実験及び甲第12号証の実験は、該追試実験の同定に必要な実験条件(遠心分離の条件、各段階において何を用いてpHを調整したか、各段階におけるろ過条件、攪拌時間、最終抽出物中の乾固物の量等)が示されていないから、信用性に疑問がある、さらに、甲第3号証では抽出物Ⅱを分析し、抽出物Ⅱの同定資料(1252頁Fig.5のカラムクロマトグラフィー及び1253頁TableⅥ及びⅦの分析資料)を示しているのに、甲第9号証の実験及び甲第12号証の実験では、抽出物Ⅱと同一のものであることの確認を行っていないとの問題がある旨主張するが、甲第3号証によれば、同号証は学術文献と認められるものであり、抽出物Ⅱの実験条件は過不足なくすべて記載されていると認めるべきところ、上記甲第9号証及び甲第12号証の実験は、甲第3号証に記載されている実験条件と同じ実験条件で行われているものであるから、被告主張の実験条件の記載がないことやクロマトグラフィー等による確認を行っていないことをもって甲第9号証及び甲第12号証が信用できないものと解することはできず、被告の上記主張は採用することができない。

b  被告は、甲第12号証の実験において、【I】教授は単に原告より提供されたものを使用している旨主張するが、原告から【I】教授に提供された検体に何らの作為があったことをうかがわせるに足りる証拠はなく、検体が原告から提供されたものであることをもって直ちに甲第12号証の実験結果が信用し難いものであるとすることはできない。

〈2〉  出発粗抽出物、最終抽出物、抗アレルギー作用について

a  被告は、本件発明では発痘組織を変性することなく、フェノール加グリセリン水で抽出しており、グリセリンが加わることにより発痘組織からグリセリン可溶の成分も抽出されてくるのに対して、甲第3号証の抽出物Ⅱでは2%フェノール水で2日間発痘組織を変性しながら抽出を行っているから、両者の出発粗抽出物が異なる旨主張する。

しかしながら、甲第2号証によれば、本件第5発明の特許請求の範囲には、「フェノール加グリセリン水」と規定されているが、特許請求の範囲においても、発明の詳細な説明においても、添加量についての限定や説明がないことが認められ、この事実に、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第11号証(【F】教授意見書)によれば、本件発明におけるグリセリンの添加は、細胞の膨潤による抽出効率の増加やフェノールの添加による着色防止を目的としてされるものであり、グリセリンの添加によって活性成分の抽出特性が質的に変化するとは考えられず、その量は常識的な範囲で適宜定められ(もし、グリセリンの添加が活性成分の抽出に質的な変化を与えるとするならば、当然添加濃度についても何らかの限定や説明があってしかるべきであるが、上記のとおり、甲第2号証には添加量ないし添加濃度についての限定や説明は何らされていない。)、水を主体とする抽出溶媒の本質に影響する程のものではないと認められる。

また、甲第2号証によれば、本件第5発明の特許請求の範囲においても、発明の詳細な説明においても、抽出のための処理時間は記載されていないことが認められ、この事実に、抽出のための処理時間の相違が抽出物の成分が相違することを認めるに足りる的確な証拠がないことを併せ考えると、処理時間の相違も、両者の出発粗抽出物の相違をもたらすほどのものとは認められない。

したがって、グリセリンの添加により、両者の出発粗抽出物が異なってくる旨の被告の主張は採用することができない。

b  被告は、最終抽出物に含まれる乾固物の収量は、発痘組織1kg当たり、本件第1発明では1.5~2gであるのに対して、抽出物Ⅱでは4gであり、この点の差は、両者の最終抽出物の成分の内容及びそれら成分の含有量が異なることを示している旨主張する。

しかしながら、弁論の全趣旨によれば、化学的製造製法の発明の実施においては、それぞれの実施条件についての実施の態様の多様性に応じてさまざまなデータのばらつきが生じることは当然のことであると認められるところ、甲第2号証によれば、本件発明においても、実施例1では発痘皮膚1kgからの収量は1.5~2g(6欄23行、24行)であり、実施例2では発痘皮膚1kgからの収量はメタノール溶媒を用いて収量同4~6g(6欄28行、29行)と異なっていることが認められ、同一の製法においても、溶媒の変更等により収量が数倍以上異なることがあることが示されているものである。

したがって、収量の相違を根拠として、本件第1発明の生理活性物質と抽出物Ⅱとは異なるとする被告の主張は理由がない。

c  また、被告は、甲第3号証には、抽出物Ⅱはモルモット摘出腸管のヒスタミン等による収縮反応及び牛血清γ-グロブリン感作腸管のin vitroにおけるアナフイラキシーショックに対していずれも10μl/ml、100μl/mlの用量で何ら抑制作用を示さなかった旨記載されているから、抗アレルギー作用を示す本件第1発明の生理活性物質と異なる物質であることは明らかである旨主張する。

しかしながら、甲第3号証及び弁論の全趣旨によれば、抽出物Ⅱに対して行われた被告指摘のアレルギー試験は、多数知られている各種のアレルギー反応のうちのごく一部についてのものにすぎないことが認められ、しかも、甲第3号証によれば、同号証の実験においては、本件発明で行われたアトピー性皮膚炎に対する抗アレルギー作用の実験(甲第2号証8欄11行ないし15行)は行われていないことが認められるから、被告が指摘の特定のアレルギー試験において抗アレルギー作用を示さないからといって、抽出物Ⅱが抗アレルギー作用を示さないとまで認定することはできないから、被告の上記主張は採用し難い。

〈3〉  オルシノール反応について

a  審決は、甲第3号証には抽出物Ⅱの分画についてオルシノール反応が陰性であると記載されている旨(審決書11頁8行、9行)認定するが、甲第3号証に記載されているのは、審決も認定するとおり、「各分画の定性分析結果をTable Ⅵに示すが、・・・Fr.dは・・・orcinol反応陰性で」(審決書7頁18行ないし20行)というものであり(この点は当事者間に争いがない。)、「オルシノール反応陰性」との記載は、抽出物Ⅱから分画されたうちの1分画Dを更にゲルろ過を用いて分画したものの主成分Fr.dについて試験した結果を記載したもので、抽出物Ⅱの分画の一部についてオルシノール反応が陰性との結果が示されているだけである(甲第3号証1252頁本文末行ないし1253頁本文1行参照)から、抽出物Ⅱの全分画についてではあるかのような審決の認定は誤りといなわければならない。

b  この点につき、被告は、乙第2号証(【G】助教授の陳述書)を引用しながら、甲第3号証においては、Table Ⅵの脚注c)に「The main peak of each sample on Sephadex G-10 column was used for all analyses. 」との説明があり、各分画についてすべての分析を行った旨説明されているから、オルシノール反応が陽性の分画があれば、その旨記載されているはずであるが、Table Ⅵにはオルシノール反応が陽性であることを示す記載はない旨主張する。

しかしながら、甲第3号証によれば、抽出物Ⅱは、まずDowex50Wカラムクロマトグラフィーにより分画されたtube No.26-35を分画A、tube No.36-42を分画B、tube No.44-60を分画C、tube No.126-156を分画Dとして、それぞれに分画され、これら各分画を更にゲルろ過を用いて分画し、それぞれの分画の主成分をFr.a~dとして得ているものであるから(1252頁本文下から10行ないし4行、Fig.5)、Fr.a~dは抽出物Ⅱの全分画には相当しないし、分画AないしDをすべて合わせても抽出物Ⅱに相当しないものであることが認められる(別紙2参照)。

したがって、Fr.a~dは抽出物Ⅱの全分画に相当することを前提とする被告の上記主張及び乙第2号証の記載は採用することができない。

5  結論

以上によれば、審決のした調製方法の相違点(加グリセリン及び2日間放置の点の相違)がもたらす影響についての認定判断、抽出物Ⅱの全分画につきオルシノール反応が陰性であるとした点の認定判断、並びに甲第9号証等の実験報告書の信用性についての認定判断にはいずれも誤りがあり、これらの点の誤りが、本件第1発明の生理活性物質が甲第3号証に記載された調製方法と同一の調製方法で得られたものであるとはいえないし、本件第1発明の生理活性物質と甲第3号証の抽出物Ⅱとは物理化学的性質が同一の物質であるともいえないとして、本件第1発明の新規性を認めた審決の結論に影響することは明らかであるから、原告主張の取消事由1は理由がある。

2 結論

よって、原告の請求は理由があるから、その余の点について判断するまでもなく、これを認容することとし、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成11年7月2日)

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

〈省略〉

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